「日向」
「?ああ、青葉か……」
休憩室に忘れた時計を取りに行ってそのまま一旦家に帰る筈だった俺はたまたま、
仮眠から起きたところだったらしい日向と鉢合わせた。
ここでいつもなら、これから当直の終わる昼まで
またモニターと睨み合うことになるのであろう同僚を一言労うだけで帰るのだが、
その日思わず立ち止まってしまったのは今まで見たことがない日向の姿を見たからだった。
「あれ?眼鏡なんて掛けてたっけ」
まだ寝起きの頭なのか、ベッドの縁に座った日向から返事の声はない。
しばらくの沈黙の後あぁだかうんだかよく分からない答えが返ってきたところで、
ようやくこの同僚が睡眠の前後は気の抜けたような人間になることを思い出した。
知り合ってそろそろ二ヶ月になるが、仕事中の働き振りとのギャップにはまだついていけない。
「最近だよ、また視力落ちたような気がして」
仕事の時はせいぜい手元しか見ないからコンタクトにしてるし
仕事以外では眼鏡だけど青葉とはしばらく当直も入ってなかったし、と
何か思い出しでもするかのように少し斜め下の一点を見つめながら、つらつらと声が続く。
要するに、視力が更に落ちたせいでコンタクトが合わなくなったので
少し前に眼鏡を掛けるようになったが、単にそれに俺が気付いていなかったと。端的に言えばそういうことらしい。
毎日毎日モニターを通り抜けていく数値を集中して見続けていれば、それは目も悪くなるだろう。
特に日向の場合、あの葛城一尉が腕を見込んでゲヒルンから引っ張ってきたというのだから
周りに期待され馬車馬のように働かされるのも当然だった。
もう一人の同僚である伊吹二尉も赤木博士とは大学からの付き合いという話だし、
自分のようにただ作戦室付きのオペレーターとしてここに入り不安だらけの人間としては
二人にかかる期待が羨ましいやら羨ましくないやら、とにかく複雑な思いを持っていることだけは確かだ。
「青葉は……今日は帰るんだっけ?」
ひとしきり考え込んでいたところで、既にいつもの様子に戻った日向が
目覚ましのコーヒーの入ったカップを手にテーブルにつきながら尋ねてくる。
肯定しようとしたところで、日向と何気なく目が合った。
瞬間感じた、違和感。
眼鏡のせいだろうか、日向の目を今日は酷く遠くに感じた。
確かにこちらを見ているようで、何処か違うところを見ているような不安感に襲われる。
(その目は本当に俺を見てるのか)
そういや昔、大学の研究室で世話になった先輩が
眼鏡越しの世界が実物と違わないかってテーマで論文書いてたな、と妙なことを思い出した。
そんなことを思い出してしまったものだから、余計に気持ちが焦る。
気が付いたら近付いて、俺の手は日向の眼鏡を外していた。
「な、何だよ。どうかしたのか?」
大抵のことには動じない日向も、さすがにこの行動には驚いたらしい。
瞬きを繰り返した後、心底不思議そうなトーンで問われた言葉の答えは自分でも分からない。
ただ、いつもの見慣れた顔になった日向に心底自分が安心しているのは確かだった。
「……何、だろうな」
「青葉の右手に聞いてくれよ」
分からないなぁ、とだけ呟き笑って、俺の右手にぶら下がっていた眼鏡を掛け直し立ち上がる。
この同僚は、人の発言や行動に対して大抵寛容だ。
その器の大きさに心の中で感謝しつつ、俺はとても曖昧に笑った。
(もしもう一度尋ねられたとしても本当に、そうした理由が分からなかったから)
◆
まだ一緒に仕事するようになったばっかりの二人。まだ眼鏡青年じゃなかった日向。
どう考えても後ろ盾(というか信頼してる人か)のいない青葉はあの職場辛いと思うんだよなあ……
日向とミサトが仲良くなったのもいつか分からないけど、勝手にゲヒルンにいた時知り合ったんじゃないかと思ってます。
眼鏡をかけてた時に突然、見えてるものって本当にこの形なのかという疑問が湧いたので。