「日向君」
自販機コーナーの椅子でノートパソコンを開いていた日向君に声を掛けたのは、
単なる私の脳内にこびりつく恐怖からの逃げだった。
エヴァ3号機起動実験の失敗と、それに伴う松代実験施設の壊滅。
その失敗の直接原因となった第十三使徒バルディエルとの戦闘、ダミーシステムによる撃破。
パイロットであったフォースチルドレン、鈴原トウジの死亡。
折り重なり怒涛のように押し寄せてきた現実に、体も心もついていかない。
(誰かと話してないと、ここにいることが怖くなる)
「あ、ああ。マヤちゃんか」
振り返った表情は、いつも通り笑っているのにどこか硬かった。
何か作業の途中だったのだろうか、と慌てて一歩後ろに下がる。
同じネルフの職員、そして例え同じ空間で働いていても所属する部門によって平時の各々の作業は異なる。
人の仕事の範囲に踏み込むのは、あまり好ましいこととは言えない。
「あ、ごめんなさい。今、まずかった?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ……」
「…………?」
日向君はそれだけ言うと表情を曇らせ、膝に置いたパソコンに目を落とした。
見てもいいの、と尋ねたのに頷くのを確かめてからゆっくりと彼の後ろに回る。
スクリーンに映っていたのはちょうどさっきまで私の思考の中にいた鈴原トウジと、
もう一人の女の子の細かなパーソナルデータだった。
七歳と書かれているその女の子の名字も、“鈴原”。パイロットとの関係は「妹」とある。
それなら、彼がネルフに協力するきっかけになったのはこの子だ。
第三次直上会戦で怪我を負った彼女により良い治療を受けさせる約束と引き換えに、彼はエヴァに乗った。
そして、
そして。
「この子が、彼の…………」
「……あの時、3号機内部の音を拾ってたんだ。
意識は無かったはずなのに、時々うわ言のようにこの子の名前を呼んでた」
パーソナルデータに付属された添付ファイルが開かれて、他愛無い日常の写真が映った。
たくさんの写真の中、特に目を引いたそれは恐らく小学校の入学式だろう。
まだ真新しいランドセルを背負った少女の肩を抱いて嬉しそうに笑う少年の姿が、
起こってしまったことの残酷さを強調している。
「……もう、私。あの子たちに指示を出す自信が無い」
ダミーシステムがあんな酷いものだなんて知らなかった。
子供たちの代わりに戦う、彼らの安全を守るものだと信じて疑わなかったのに。
けれど言い訳なんてできない。間違いなく私たちは彼の命を奪ってしまったのだから。
今でもまだ甦る、おびただしい量の血を飛び散らす3号機。
(気持ち悪い)
(何が気持ち悪いって、あんな子供たちに無理やり未来を守らせてる自分たちが一番)
「子供たちが戦ってる」
「それを考えたら、きっと明日の朝にはここに帰ってくるよ」
予言するように呟いた日向君の言葉は、普段とまるで違う重さを持って底冷えのする廊下に響いた。
(こんなに弱い私たちでも、いつか彼らを救えるだろうか)
◆
この話を書いた後マヤが男嫌い、というか潔癖症という名の人間不信?+拒食症だった(by.ゲーム)ことを発見しました。
……そこまでですか。やっぱり公式は病気www
確かにネルフは、子供はもちろん大人にとっても辛い場所だと思います。
特にオペレーターたちは子供たちの声を間近に聞くわけだから、信念と決意のいる仕事だろうなあ……